理不尽と闘う強さを。
「何とかなる」と楽観視していたら、うまくいかなかったことなのだろうか。 理不尽を押し付けられることなんだろうか。
大人が言う「社会」ってなんだろうか。 そして何らかの理由によって 「社会」から外れた人たちを見下す風習なのはなぜだろうか。
学校の先生が言った「規則だからダメに決まっているだろう」と言う言葉。 「何故ですか?」と聞いても逆ギレされるだけだった。
会社の先輩が言った「じゃあお前に責任が取れるのか」という言葉。 「何故してはいけないのですか?」と聞いても一点張りだった。
理不尽さに納得いかなくても、空気を読んで、がまんする事が「社会の厳しさ」への対抗策なのか。 いや、違うでしょうと思う。
「仕方ないんだよ、がまんしてね」と言わない教師でいたい。 地域や保護者に支えられている学校が 彼らの機嫌取りで終わらないために。
闘う事を忘れたくないし、闘う事恐れない大人でありたいなあって。