猫先生の長めのつぶやき

This is what I am. This is what you are.

理不尽と闘う強さを。

「何とかなる」と楽観視していたら、うまくいかなかったことなのだろうか。 理不尽を押し付けられることなんだろうか。

大人が言う「社会」ってなんだろうか。 そして何らかの理由によって 「社会」から外れた人たちを見下す風習なのはなぜだろうか。

学校の先生が言った「規則だからダメに決まっているだろう」と言う言葉。 「何故ですか?」と聞いても逆ギレされるだけだった。

会社の先輩が言った「じゃあお前に責任が取れるのか」という言葉。 「何故してはいけないのですか?」と聞いても一点張りだった。

理不尽さに納得いかなくても、空気を読んで、がまんする事が「社会の厳しさ」への対抗策なのか。 いや、違うでしょうと思う。

「仕方ないんだよ、がまんしてね」と言わない教師でいたい。 地域や保護者に支えられている学校が 彼らの機嫌取りで終わらないために。

闘う事を忘れたくないし、闘う事恐れない大人でありたいなあって。

ameblo.jp

教育実習(事前準備編)

教育実習に行く方は参考にどうぞ。

実習前打合せで用意した質問

  • 生徒名簿・座席表
  • 時間割
  • 道徳の授業
  • 何時に来れば良いか?
  • 授業実習の学年
  • 給食の有無
  • 学習指導案の書式
  • 体育着の色指定の有無

実習前買ったもの

運動会

アンダーウエア

日焼け防止 + 疲れ防止。あるのと無いのとで全然違う。買ってて良かった。

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日焼け止め

いうて焼ける。

汗拭きシート

運動会無くても、暑い時期なら必要。

授業実習

ビニールポーチ

100均のファイルコーナーに売ってるやつ。小さい文具をまとめて入れたり、何かと便利。

A7メモ

スーツの内ポケットに入るやつ。バインダー持ち込めないときに便利。あと、生徒と関わった時の様子も書ける。

A4ノート

自分はもらったプリント全て貼るようにしてた。無くさないために。そんでプリント貼りやすいようにA4のノート。

付箋

日付を書いてノートのインデックスに使う用と、正方形のやつ。

その他
  • のり
  • ハサミ

【忘備録】難関校合格者数で学校決める人がいる限り、日本の教育変わらない。+α

「良い大学へ行って、良い企業に入れば幸せになれる」 つい最近までの常識。これが変わりつつある。

なのに、なのにだ。大学進学者を増やそう、難関校合格者を増やそうとする高校の意識は変わらない。良い大学へ行く事が幸せではないと分かっているのに。

これは 「消費者が安さを求めるから、児童労働が無くならない」 論理と同じだ。「社会や保護者が進学者数を求めるから、詰め込み教育は無くならない」 つめこみ教育には、詰め込み教育の良さはある。最大限インプットすることによって、教養は増すし、情報処理能力は鍛えられる。だが、進学校になりたい中堅校は奪いにくパイが間違っているのではないか。自ら学ぶ意欲がない生徒の割合が多い学校では、合格者数を上げるのではなく生徒の満足度や心の変化を成果としてとり、納得のいく進路選択が出来たということを実績として出す方が建設出来じゃないのかなあって思う。そもそも大学ブランドは年々低下している感じだし、周囲の大人で「大学行かずにプログラミング力磨いていれば、今より力あったわ」と言うやつなんてゴロゴロいる。 IT企業に関してだけかもだけど。

  • 提案 高校では、個性を伸ばすこと・生徒の意識を評価対象するのはいかがだろうか。 実は、すでにその流れはできつつある。イーポートフォリオの導入により、高校生活に何に取り組んできたか、何を大切にしてきたか、学業以外にどの様な成果が出たか、これらが評価対象となる。

  • イデア とは言いつつも、今後10年は高校の成績評価指標が各教科の点数であることにはかわりないだろうって思う。だから現実的な話としては、いわゆる底辺校では「教科内を生徒のレベルに合わせて成功体験を積むこと」がベースで、中堅校はどうなんだろうなああ。運動会や文化祭で好きなことが活かせる役割についてもらうって言うのは前提として、もっと機会を増やしたい気がする。

クリエイティブな趣味の生徒は、pixiv等でアカウント作って投稿するのは前提として、リアルな世界でも周囲が目に触れる環境を作るとか。

スポーツが得意な子は、運動のコツや体力の付け方を運動が苦手な生徒に教えるとか。でも一日5,6時間は授業に時間を取られる現実があるわけで。 タイムチケット(https://www.timeticket.jp/) の様に他者に自分の得意な事を提供して、見返りとして何か報酬を受け取る仕組みがあるといいなあ。ここまでくると学校内で括るのおかしな話だな。

努力が足りないから自信がない、は本当か?

日本人は自信がない。

子供から大人まで。

そんな中、

「自信がないのは、努力が足りないから(自分に甘いから)」

「自信がないのは、挑戦してないから」

という言葉を聞く。 大学生向けのサービスをする方々たちの言葉だ。

 

そこで疑問に思う。本当か?ほんの一部のケースだと思う。

 

私は別の考え方だ。

努力をして結果を出しても、「社会的に受け入れられないと言われた」「出来て当たり前と言われる」「私なんかが出来るって事は大したことないんだ」「冷やかされる」

 

自己肯定感がないと、こういった言葉で人はすぐに折れる。 土台がない家が、災害によってすぐ壊れるように。

 

 

ていうか、努力してない人なんているんですかね?努力の定義を「周りに認められる成果を出す事」とするならば、そりゃあ世の中努力足りない人ばかりですが。

 

 

「否定」ではなく「こうしたら?」と言えたら世界はもっと楽しいはずだ

「お前には無理だよ」 「頭悪いなあ」 小さいころこんな言葉を教員から言われて、何人の未来が消えたのか。

学習指導要領改訂や、民間企業の教育事業によって、「教育」というワードを見る機会が増えた。

10年ほど前は、まだ学校は王国じゃなかったろうか。 今は「ブラック企業」という言葉を筆頭に、「体罰」「いじめ」「教員は社会性がない」etc...教育業界は最悪言われようだ。

影響力のある人が、ポジショニングトーク(ワードあってるかな?) で「学校はクソだ」というもんだから、あまり考えない人はそのワードに飛びつく。こういう人たちは、いい先生もいるよっていうフォロー忘れずに書いてるんだけどなあ。

みんなが教育を経験しているからこそ、良い思い出があるひともいるし、嫌な思い出しかないひともいるだろう。私は嫌な思い出の方が強く残っている。学校=監獄だった。なぜ分かる授業内容を一斉教授されなければいけないのか?なぜ、「何故ですか?」と聞くと逆ギレされるのか?なぜ、みんなと同じ考えじゃないといけないのか?、、、他のみんなは辛くないの?自分を隠して。そう思っていた。

だからこそ言いたい。

今あなたが学校を否定するのは、昔あなたがされたことと同じではないか?って。 FBのコメントや意見を、否定することは、昔無意識の否定な言葉や目線等々、教員が発してきたことと、やってることが同じではないか?中には良い先生もいるのに。

同じことをして楽しいのか?スッキリするのか? なんども否定されてきたひとなら分かるはずだ、否定される側の気持ちを。

だからこそ、いつもの否定に+αして「これは嫌だったから、こんな対応だったら良かったのにな〜」と言うことを提案したい。 あなたのコメントや記事を見ているひとに教員が居て、考えを改めるかもしれない。少なくとも0.1の影響は与えているのだ。

否定だけで終われば、書いた本人は嫌な記憶を思い出し、それを見た教員も良い気分にならずにそのときがすぎる。 これは非効率であろう。

みんなの関心が高いからこそ、「+α」を大切にしたい。

【忘備録】不登校の呪い

「学校へ行かないことに罪悪感を持たない」ということが大切だと思います。

blogos.com


そう、この認識ほ有無でその先が大きく変わる。
行けない自分の根本を否定せずに住む。

逆に「行けなくてごめんなさい」「私はダメな子です」と思っていた私は、不登校から10年近く経った今でも極端な思考が抜けない。特にメンタル落ちた時がそう。
「今の自分は、あの時学校に行けなかったせいだ」「この理不尽な状況は、今までの罰だ」「どれだけ頑張ろうが、私みたいなクズはクズのままだ」。誰かがフォローしてくれたとしても、「フォローされたということは、私がダメだということだ」みたいなひねくれた思考が生じる。

もはや呪いだ。

現状の自分を全て過去のせいにし、今を見ていない。大人になれない。逆を言えば、それほど衝撃的な経験だったのかもしれない。でも、過去の自分が、過去に囚われている今の自分を見てどう思うか? 哀れすぎる。 過去に囚われている時も、そうでない時も、私なのだ。 そう思うようになって、呪いは少しずつほぐれていっている。

グレイテストショーマン 違和感を感じたよ。

ヒュー・ジャックマンの最新作「グレイテストショーマン」。  音楽はララランドスタッフということもあり人気作。実は予告観た時から、涙出たよ。個が輝く時代が、ついに来るのかと期待した。 youtu.be 

だが観終わった後、とってもとっても違和感が拭えなかった。ポイントを覚書しておく。

「個性」について問題提起していない

テーマソングである「This is me.」関して深いエピソードはなかった。 これからの時代の在り方を提示してほしかった。キアラセトルの配役は重要な役どころのはずが、登場回数は少ない。

そして社会的に低い「変わった」人として虐げられてきた人たちを見世物としてバーナムはサーカスを始めるのだが、それは「みんな違うからこそ輝く場所を作る」のではなく、お金の為でありテーマソングとはずれている。結果みんな居場所出来たよね!よかったよかった!みたいな流れ。また、個を輝かせるには様々な葛藤があるはずだが全く描かれておらず共感できない。考えすぎかもしれないけど、制作側の人間は成功者だ。だからこそ、社会的に低い地位の人たちの心情を描く必要がなかったのでは。すぐに見世物としてサーカス出てるやん!別にサーカスなくても輝けたんと違う?と思った。cmからは「個性」が大きなテーマであると感じていたが、他にも色々テーマありすぎて薄くなっている。それ故白人さまのお陰で気がついたら個性を認め合うが流れになっているのだが、不自然で不快感しかなかった。

結局個性がみんな違うからこそ輝く社会は、まだまだ先になりそうだと実感してしまいました。

白人主義のストーリー

「社会的地位の低い人に良いことしてあげてる、白人さま」であり、虐げられている方の心情変化は全くない。お金のためにサーカスを思いつき、実現化していくバーマム cmで採用されている「みんな違うからこそ輝くんだ」っていうセリフも、採用時の誘い文句でショックだった。

曲のパフォーマンスは最高

それのために映画館に行く価値ある。「This is me」は涙が溢れそうになりました。

バーナムとユニークな人たち バーナムと上流階級 バーナム、火を放たれる の3本立てに分けていたら見応えあったんじゃないかな。