みっきまうすの長めのつぶやき

This is what I am. This is what you are.

当たり前だけど、友達は大切。

友達を尊敬している

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大学時代にできた友達のうち、2名をとても尊敬している。その2人には共通点がある。

  • どんな話でも、最後まで話を聞く
  • 人格を絶対に否定しない(異なる意見は言う)
  • 嫌なことがあっても、最後は自分のモチベーションにする

我ながら、いい友達に恵まれたなあ〜と思う。それは次の理由があるからだ。
 
 

「この人たちと釣り合っていたい」 と思うから頑張れる

最近仕事もプライベートもうまくいっていなくて、人のせいにするか、「自分なんて、、、」と、解決策のない考えばかりしていた。時間的に余裕はあるのに、大学の勉強ではなくゲームや睡眠に時間を使っている自分に、さらに嫌気が指していた。どこかでやめなきゃなあと思いながら、ダラダラがやめられなかった。
 
理由はどうであれ、私は一度社会をドロップアウトしている一介の大学生だ。正直新卒時代に入社した同期に会うと、楽しいは半分で、残りは焦燥感や劣等感など、必ずモヤモヤが残る。
 
 

  • 同期たちは頑張っているけど、私は頑張ってるのかな。
  • このまま勉強して、教員になれるのだろうか。
  • 教員になれたとしても、体力は持つだろうか。
  • また直ぐに辞めるのでは?

 
 
どれも、考えても解決策が出るものでもないのに。
 
 
ある時、友人の1人に電話をした。初めは消化できないモヤモヤを話すのだが、徐々に悔しかった出来事の話に代わり、最後は最近目標にしていることや頑張りたいことの話になる。 最後にこう言ってくれる。

まあ、大丈夫だよ。

言う人によっては「無責任な」と思う言葉でも、友人が言えば安心する。この人たちと同じ場に立てるよう、自分も頑張りたいと思うのだ。
 
 

先生より、身近な友達が自分を作る

学生時代"先生"と言う職業が大嫌いだった。その場限りの言い回し。生徒を見るのではなく、「作り上げた理想的な生徒像」と比べ、外れている生徒は目をつける。その理想がなぜ掲げられているか、自分も言語化できていないくせに。先生の言葉に刺さったことはないが、友達の言葉には何度も救われた。
 
今思うと先生と信頼関係を築けていなかったんだな、と思う。先生が言いそうな言葉を友人が言えば、私が納得する様子を想像できるからだ。先生は、生徒の長い人生のうちほんの数年しか関わらない「ただの大人」だ。だからこそ、良い友達を持ち、長年関係を持つことはその生徒の財産になる。生徒達には、良い友達を作ってほいしいなあ。
 
 

友達関係に悩んでる人へ

リクルート&現 奈良市立一条高等学校校長の藤原和博さんの本に、友達についての本があります。よければ。

本当の友だちってどんな友だちだろう 藤原先生の心に響く授業本当の友だちってどんな友だちだろう 藤原先生の心に響く授業
藤原 和博

朝日新聞出版 2009-03-06
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「言葉にできない何か」を経験した人はこの本を読んでほしい

皆、一度は感じたことがあるのではないか。

正反対に誤解される、言葉が出ない、周りから非難される、突然無視される、理不尽に怒られる、この上なく寂しいーーーー本当は違うのに。こんなはずじゃなかった。でも言葉にできない。 そんな誰しもが持つ「言葉にできない何か」を言語化しているのが、辻村深月著 かがみの孤城だ。

かがみの孤城かがみの孤城
辻村 深月

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正直、思い出したくない感情が湧き上がる

主人公の女の子は、不登校の設定だ。女子特有のトラブルが原因で学校へ行けなくなってしまった。学校へ行かなければいけないことは分かる、親の視線、訪ねてくる先生、、、それぞれのシチュエーションに対して、感情表現が心を掴む。自分が不登校の際に思っていた事は、こういう言葉にできたんだ、、、、と不登校時代を振り返る事ができた。同時に、当時の感情も湧き上がってきて、涙する場面も多くあった。でも、あの頃にこの本と出会っていれば状況は変わっていたと思うくらい救われた。
 
 
心を掴まれた箇所の一部抜粋を載せる。
 


 
 

不登校の子はもちろん、親御さん、教員、は勿論の事、「言葉にできない何か」を経験した人はこの本をぜひ手に取ってほしい。何か救われるはずだ。そして「1人じゃないよ」と思わせてくれる。
 
 

本の情報

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ワクワクとか、楽しいとか、無理して求めなくていい話。

今時の学校は分からないけれど、社会人向けの記事にはこういった(もしくは、こういう事を言いたそうな)記事がたっっくさんあります。
  

仕事だからワクワクしようぜ!
楽しくないなら、楽しもう!

 
学校は生徒がお客さん(サービスを受ける側)だからなのか、担任から「楽しもう!」と言われた事はなかったと思います。だけど社会人になった途端「楽しもう!」勢が一定多数いることが分かります。かくいう私も「ワクワクしようぜ!」勢でした。寝て起きるだけ、"虚無感"と"悲しみ"で終わった暗黒学生時代は、楽しくなかったのでワクワクは正義だと思っていたからです。
 
だから新卒時代も「ワクワク」するために、見聞きするものを全て「ワクワクするところあるかな」とか「どこが楽しかっただろう」と半ば洗脳的に、無理やりワクワクした感情を作ろうとしていました。
 
 
 
 
 
どう考えても、おかしい方向。笑

 
 
 
 
 
 
自分をワクワクさせるスキルと、自分を無理やりワクワクさせる事は違う事に気づいていなかった私は、まるで自己啓発本に脳を犯されたかのようでした。
友人はこう言いました。

そりゃあ、ワクワクした方が幸せだと思うよ。だけど、ワクワクしない事は悪じゃないからね。無理やりワクワクさせて、疲れて自分を見失うことが悪だからね。そういう不自然な、偽った感情は周りに伝わるし、自分も周りも不幸になっちゃうからね。

楽しめなくてもさ「あ〜〜今楽しめてないわ〜〜」と自分の中で受け止めてやればいいのよ、よしよしってさ。そんで「自分、コレには問答無用でテンション上がるわ〜」っていうストックを持っておくの。長い期間テンション低かったら、そのストックを実行すればいいわけ。気がついたら楽しんでると思うよ。

自分の感情を誤魔化さなくていいんだな、と教えてくれました。

違和感。想像より遅かったな、社会の変化。

他の記事の内容となんら脈絡はないです。女性のキャリア論でしょうか。
 
 
小さい頃、片田舎に住んでいました。周りは田んぼだらけで、近所づきあいも沢山。みんな大好きで楽しかった。小学校高学年ごろから「大きくなったら、適当に就職して、お嫁さんになる」レールが見えて、非常に違和感を感じた。学校から宿題はあるけれど、人生は社会的な宿題が常に出されていて、提出できなければハブられる。そんな気がした。
 
私が大きくなった頃には時代は変わっているだろうと思っていた。男女雇用機会均等法が採用され、女性の社会進出が増え、自らの選択の上に共働きの家庭も増えてきている。前時代の方々の努力により、私が働く時代には恋も仕事も妥協せず「やりたいこと」全部手に入れられるんだ、そう思っていた。
 
今20台半ばに差し掛かり、望んだキャリアが手に入りそうな気がしています。このまま勉強も仕事もがんばりたいな。仕事後は友達とご飯に行ったり、本屋さんにぷらっと立ち寄ったり、学生時代より大変なことは多いけれど、今が一番幸せだと思う。
 
 
だけど、違和感が拭えない。地元の友達はとうの昔に結婚し、子育てをしている。相次ぐSNSでの結婚報告(結婚!!と闘志を燃やしていたタイプではなく、そこそこで満足する子達が多い気がする。)
 
合コンに参加すれば男性陣は、女性らしい女性を求める(当たり前か)。未来について「こうしたいんだ」と話せば引いていく彼ら。
 
人は1人では生きていけない。ここに罠がある。「こうしたい」と願うレールは社会的には優先事項ではないから、やっぱり結婚や恋人、の話を振られる。特にトピックがなければ変人的な扱いというかさ。出来損ないみたいにみられている気がする。
 
私が大きくなっても社会は変わっていなかった。男女の対等なんてかなった。男は男の役割、女は女の役割を演じるだけだった。
社会は変わると思っているのは、私の視野が狭くマイノリティ的な考えだった。そこそこの学校を出て、そこそこの会社に入り、結婚し、子育てをする。これが自分も周りも満足し、幸せな人生の歩み方なんだろうと思わずにはいられない。
 
あの時必死に「自分は何がしたいんだ?」と考えた日々や、「このやロー!!!!!」とブツブツ言いながら終電間近まで身の丈にあっていない量の仕事をこなした日々。これらの"苦しんだ経験"は、人生を進める上でなんの役にも立たないんじゃないか。子育てをするのであれば、学歴や特に仕事での苦しみ、いらないよ。子供ができたとしても、変に学習ぐせがついている分「最高の子育て」のような本を読み漁って無意識に子供を自分の商品としてしまいそう。
 
そういえば、秋元康さんが歌詞にしてたなあ。初めてこの歌詞を見た時は、反対立場だったけどこれは正解だと思う。

・難しいことは何も考えない
・頭空っぽでいい
・どんなに勉強ができても愛されなきゃ意味がない
・女の子は恋が仕事よ
・ママになるまで子どもでいい

 
 

誰かに何か言われたわけじゃないけれど、最近すごくnonverbalな形で女とはどうあるべきか?を受け取っている気がして。書いた次第でした。

どうしても、コミュニケーション取りづらいのはなぜ。

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高校生、大学生、社会人となると、明らかに他者との関係性作りが上手な人と、「なぜ、、、、」と驚くほどに関係性作りが苦手な人がいます。逆に自分のコミュニケーションもうまくいったりいかなかったり、、、。人を避けるくせに、めちゃくちゃ寂しがり屋で家で涙が出たり。もしコミュニケーションに悩むことが多ければ、アタッチメント(愛着)が影響しているかもしれません。

  

アタッチメント(愛着)とは

定義

子供が特定の養育者に示す情緒的な絆(Bowlby, 1969)

アタッチメントとは、生まれてから4歳くらいまでに形成される、信頼関係の礎です。生まれてから3,4歳までにアタッチメントを形成しておく(情緒的な絆があると)、他者を信頼し関係づけられる力ができ、その後の人間関係を構築しやすくなります。
 

アタッチメント(愛着)の成立

成立過程としては 4段階あります。

第1段階(出生〜3ヶ月)

人を識別できないため、近くにいる人物に対してアタッチメント行動をします。人見知りはせず、近づいてきた大人に対して微笑んでくれる赤ちゃんの行動などですね。
アタッチメント行動とは、追視や微笑み(養育者を引き付ける行動)や、しがみつき(自分から養育者に近く行動)があります。
 

第2段階(3〜6ヶ月)

日常的によく関わる人物へ、特にアタッチメント行動を向けます。養育者が最たる例ですね。
 

第3段階(6ヶ月~2,3歳)

人物識別が明確になり、人に対する反応が多様になります。例えば、養育者への後追いをするかと思えば、初対面の大人に対しては泣きわめいたり(人見知りですね)。
 

第4段階(3歳以降)

養育者との間に、独りよがりではない協調性に基づく関係性が出てくるアタッチメント対象が、自分を保護してくれる存在である確信・イメージが子供の中に内在化され、アタッチメント行動の頻度と強度の減少していきます。
 
 

アタッチメント(愛着)の個人差

乳児の気質と養育者の感受性・応答性両方の影響により、Ainsworthはアタッチメントの形成を4タイプに分類しました。
安定型・回避型・抵抗型・無秩序無方向型の4タイプに分かれます。詳細は、関連本・サイトより。笑
 
 

アタッチメントの影響

アタッチメントの形成がうまくいかずに成長すると、コミュニケーションにおいて困難が生じます。例えば下記のように

具体的なシチュエーション

  • 「死ね」「〜なんだよ!!」と、他者への暴言・暴力が多い
  • 逆に人間関係を築こうとしない or 築きたそうだがそわそわしている
  • ここぞの場面で感情表現が乏しい(人ごととなる)

 
 

コミュニケーションがうまくいかないのは、誰のせい?

もしかすると、自分のアタッチメント形成がうまくいかないのは「親のせいだ!」と思う方もいるかもしれません。特に中高生の場合は親の影響が大きいと考えます。だけど、親もうまくアタッチメントを形成できなかったのかもしれません。だから暴言等子供が傷つく態度をとるのかも。アタッチメントは、環境によって変化します、だから落ち込まなくて大丈夫。"やらなきゃいけない事"を通して、人は自分が思うほど悪くない事を経験していきましょう。
 
 

関連本・サイト

[サイト] LITATLICO 発達なび

愛着障害」と書いてありますが、病気ではありません。分かりやすく解説してくださっています。
h-navi.jp

[ブログ]【愛着障害】子供の愛着パターン「安定型」と3つの「不安定型」

you-to-me-life.net

 

[書籍] 愛着障害

  • 傷つきやすい
  • 自分がコミュニケーションうまくとれない
  • 知り合いのコミュニケーションのとり方が難しい

など感じている方は、巻末にテストが付いているのでいかがでしょうか?
自分を客観視できると思います。

 
(今度大学の試験を受けるのですが、その試験勉強を兼ねてまとめました。)

時間をだらっと使うのも、時間があるやつの特権だよ。

前職をやめた頃、疲れ果てていたから、とりあえず寝ることだけを考えてた。十分に寝ると、次は「辞めたらやりたかったこと」を実行してみた。すぐに実行できるやつ。さて、その次は、、、となるんだけど「悲しい」「寂しい」の2ワードで完結する。夏休み中の高校生の気分ではなく、それは昔不登校だった時に少し似た感覚だった。やることはあるんだけど、出来た時間に対して罪悪感や不幸感が覆って、存分に楽しめなかったんだ。
 
興味がなくなると、手軽なスマホへ手が伸びる(目が死んでる高校生がゲームしていることが多いけど、こんな気持ちかなと思いながら)。はてなダイアリーをのぞいたりやネットサーフィンしていると「皆鬱々としてるな、もったいないな」と勝手に客観的に思う。外に出れば・または新しいアプリや絵など自分で行動すれば少しは楽しいはずなのに。もったいない。
 
思いっきりだらだらするのも、時間があるやつの特権だし、やることやったんだったら自分を褒めようよな。今日もお疲れ様、自分!!
 

【やってみた】デジタルデトックスしてみた

デジタルデトックスしてみた

 
※ "やってみた" シリーズとは↓↓
rpvke.hatenablog.com
 
SNS・ニュースアプリを使った情報に振り回されている毎日にうんざり。表面的な情報を頭にインプットしたって、何かが変わるわけではないのに気がついたらアプリを開いていた。寝る前は30分程ネットサーフィンやゲームしてるし。「このままでは疲れるだけだ」そう思い、スマホを1週間使わない生活をしてみました。

スマホを使わないために工夫したこと

私は普段のスケジュール管理など、日常生活に必要な情報はスマホに入れておく主義なのです。そのため「使わない!」と決心しても、様々な言い訳を考えて使い始めるでしょう。そのため、使わない仕組みを実行しました。

  • スマホ内のアプリを削除
    • 仕事で使用するFaebookメッセンジャーアプリのみ残し、削除可能なアプリは全て削除しました。音楽アプリとかね。
    • プライベートなLINEはPCから、毎日1回のみ。
  • 必要時以外は、電源オフ
  • 休日外出時は、スマホを持ち歩かない

 
 

感想

楽になった

「あ、今返信しなくていいんだ」「Twitterみなきゃ」と思わなくて良いので、移動中はぼーっとできます。また、スマホの画面を見ることはありません。つまり疲れません。

よく眠れるようになった

寝る前のスマホは眠りの質に影響するのだとか。なので、スマホを使わなくなっただけで睡眠時間確保+質向上、そして余裕が生まれました。

あ、アプリいらないわ

ダウンロードしているアプリが多すぎたのか、、、、。自分のスマホにはいらないアプリばかりあったことが分かりました。テクノロジーの発達は著しいですが、追いかけすぎず、必要なアプリを調べて見つけられれば、普段はアプリなくて問題ないやと思います。

やっぱりスマホは必要

地図アプリ、よく使うんですよ。この1週間使えなくて、めちゃくちゃ困りました。友人と遊ぶときは、友人だのみで目的地まで連れて行ってもらうし。だから、持たないわけにはいかないと思う所存。
 
でもやっぱり、疲れたら一度試してみてください。後悔はしないです。
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