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みっきまうすの長めのつぶやき

This is what I am. This is what you are.

理論と実践両方を取れる人こそ、プロだと思った話。

「やっぱり実践で日々子供達を見ないと」という言葉をちらほら聞きます。

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でも現在教職の勉強をしていて、感じることは
「理論ってめっちゃ役立つんじゃね、、!?」
ということ。



今日教育心理学の教科書を読んでいて、コールバーグの道徳性発達理論を知りました。コールバーグは道徳判断に一定の普遍性があることを論証しようと試み、「1)罰 2)報酬 3)いい子 4)権威 5)社会的契約6 )倫理的原理発達段階」を想定しました。
詳しくは教育哲学で著名な苫野先生のブログで。↓
ittokutomano.blogspot.jp


例えば、喧嘩をしている子どもがおり、大人が介入してきた時に喧嘩をやめた状況を考えます。
そのやめた理由は「ケンカをダメだと分かりやめた」のではなく、「罰を受けるのが嫌でケンカをやめた(1)罰 )」「ケンカをやめることで褒められる(怒られなくなる)からケンカをやめた(2)報酬)」といった具合に道徳判断の発達によって異なるということです。大人が「ケンカはダメな理由」を伝えたからケンカをやめたと思っていても、受け取っていないことは発達に置いて当然ありえるというのです。完全大人の自己満足ですね。だからこそ、発達の段階が大人と子どもで違うことを認識して、子ども目線にたつ必要があることを学びました。



言われてみれば当たり前だし、自分の幼いころを思い出してみれば分かります。大体教師というのは、生徒のことを見ているようで全く見ていない。気持ちなんて理解しようとしなかったじゃないか、と昔を思い出せば分かりますよね。自分で無意識に考えていることも理論を読めば、腹落ちできます。




教師に限らず、周囲の社会人の中でも「かっこいいな」「プロだな」と思えるのは、理論で勉強し実践で理論を試すことを自然と繰り返している人なのはよくある話。そう思えるのは、理論というのは「結果を出す」状態に持っていくために先人たちの知識が凝縮されていることを、結果を出すことで体現しているからなのかも。自己満足ではなく、結果にこだわる大人でありたいと改めて思った夜でした。