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みっきまうすの長めのつぶやき

This is what I am. This is what you are.

不登校当事者が語る、今だから言える5つのこと

しんどい人へ 内省 成長日記

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思春期。時がたつほど徐々に分かってくる、青春の時期。ある子は勉強に勤しみ、ある子は初めて出来た恋人と楽しみ、またある子は部活に全力。「そんなキラキラしていない」と当時は思いつつも振り返ればやっぱりキラキラしている、そんな時期。私は思春期を不登校で過ごしました。先日その経験をとある方(不登校の息子さんをお持ちのお母さん)へ話す機会があり、他の不登校のお子さんがいる方へ少しでも参考になることがあればと思い、この記事を書こうと思いました。

私の場合

※ 個人特定を防ぐため、内容を一部変更しています。

当時の過ごし方

行かなくなった当初はよほどストレスがあったのか、1日中寝ていました。 落ち着いてからは夜中3時くらいまで起きて、お昼前に起きる、みたいな。本当は朝7時に1度起きていて、親に学校休むことを伝えていました。ご飯の時だけリビングへ行き、それ以外は自分の部屋にいる。おそらく何もしていなかったです。以前大好きだった歌手の音楽をひたすらループしている時はあったかも。夜11時には寝る準備が出来ていますが、明日が来ることへの恐ろしさから眠りたくない衝動にかられ、結局夜中3時に耐えられず就寝、、、みたいな感じでした。学校へ行く日は3時間目に合わせて通常1時間かかる通学路を遠回りしまくって2時間とかかかってました。どんな時も共通しているのは、不登校期間は心のエネルギーがゼロであることです。0から5になって、いつもより元気そうだからといって学校へ行けば、ー100ダメージ、だからしばらく学校へ行くことは厳しい、の連続だったように思います。出席日数もテストの点数も毎回ギリギリ。笑
 

現在何をしているか

普通に4年制大学を卒業し、現在普通に社会人をしています。というのも高校生で何もかも諦めていた矢先、親元を離れて2週間ほどひとり旅をしたことがきっかけで、受験するやる気が湧いて気がついたら不登校も無くなっていたんです。旅行の時は、朝起きて監視(のつもりはないのでしょうが、、)する母もいなければ、逆に何も言わずに何考えてるのか分からない父もいない。私を知っている人はいないから、どんなことをしても見られることはない。それで自分の興味が赴くままにいろんなところに行ってみたら、なんだかやる気が出てきたんですよね。そして受験勉強をしてなんとか大学入学することが出来ました。
 

当時の自分を振り返って思うこと

本当に時間を無駄にした

コミュニケーションにおいて、特に感じます。喧嘩することや恋愛することって、自分以外の人の考えとかを知る機会になってるけど、これをまるまる出来なかったんだよな。んで、大学になれることに1年以上かかったし、社会人になってからもちょっとしたコミュニケーションは苦手です。(だけどそれだと嫌なので、初対面となる場所へ行って何度も練習しました。今では初対面は得意です。笑)
 

私は頑固で真面目すぎた

不登校になる前、プライドが高く自己肯定感は他の人より「何が出来ているか」に支えられていました。当時の記憶はほとんどないのですが、先生から怒られたことを一つ一つ真に受けて「自分はクズだ」とか思ってたんです。アホ。それを正常だと思うがために、友達や親にも相談&愚痴ることはなく、体調を壊してからは「出来ることが全くない」と思いこみ、さらに「自分はクズだ」と思っちゃったんです。それでループ。他の元不登校だった人と話してみると、話し方から伝わってくる「頑固であること」「真面目であること」。長所もあるけれど、この2つの性格の悪いところは自分が行った行為によって相手にどれだけ迷惑がかかるか分からない自己中心的な考え方なんですよね。
 

あの頃の自分が、今の自分を作っている

どんな人もそうなんですけど、やっぱり不登校(私にとっての困難)になった「自分の短所」がちょくちょく出てくるんですよね。自分からは逃げられないから、その時その時で向き合うようにしています。と同時に良いこともありました。それはしんどい人の気持ちに寄り添えるようになったことです。みんな色々葛藤があって、今があるんだと思えるようになったからこそ、目の前に見えている状況だけで人を判断しないようになりました。


今だから言える5つのこと

[1]不登校の原因は必ずある

1つ目は自分の中に、2つ目は家庭の中に。どちらにも少なからず原因があります。
 

[2]不登校は甘えだとか、そういう以前の問題

もっと早く自分の中の変化に気づいてSOSを出していたら、良かったんです。だけど気がついたら、立ち上がれないところにいたんです。自分が甘えだと、悪いと分かっているんです。だけど、うまく回らないんです。どうか、どうか、(わざとであっても)突き放したりきつい言葉を投げかけるのみで終わる、ことはしないでください。
 

[3]子育てに責任を感じないで

子どもが学校に行かなくなった時の、親の絶望感不安感は計り知れません。小学校は6年、中学校は3年と決まっていますが、不登校は終わりが決まってませんから。だけど、育ててくれている方まで引きずられてしまっては、元も子もありません。子どもだって、そんなこと望んでないんです。親御さんには、いつも通りでいてほしいいんです。自分の好きなことのために時間を使って大丈夫です(現実逃避でも甘えでもないです)。親である前に、一人の人間なのです。自分の人生を生きてほしいです。
 

[4]腹を割って、向かい合って欲しかった

家族だからとか、態度でわかるでしょ、とか、そんなんで分かってたら不登校になっていません。欲しがり過ぎなのは分かっています。だけど、ちゃんと、言葉で、向き合って欲しかった。今だからこそ振り返って分かるんです。あの頃の自分は言語化出来ずに泣いてばかりだったけれど、「一定基準満たされないと、愛されないんだ」「私自身がいることを認めてほしい」「寂しい」「生きていてごめんなさい」「私は本当にだめな子です」等思っていました。あの時腫れ物扱いか、イライラの目線ではなく、叫んでもいいから、面と向かって話してくれたら。実際よりも不登校の期間は短かったのではないか、と思います。

[5]私自身を信じて欲しかった

「どんなあなたでも大丈夫。信じているよ。」と一言。海外ドラマのセリフみたいで少し恥ずかしいけれど、選ばないまっすぐな言葉。自分がお腹を痛めて生んだ子を信じないで、どうするの。大丈夫、私は今こうやって普通に生活しています。不登校であっても、一過性のもの。大人になれば笑い話にできます。
 
 

最後に

当時を振り返ってみて書いたもので、親の苦労を考えないわがままな子どもだったと思います。だけど、孤独で寂しくて、早くぬけだしたい一方、レールを外れてしまったことによる自分に対しての諦めもありました。私の場合、友人が私の気持ちを受け止め、向き合ってくれたからこそ立ち直れました。彼らには感謝をしきれません。時間が経てば分からなかった親の気持ちも「立場が違えば、そういう風に考えるよね」と受け入れることもできるようになりました。色々疲れると思うけれど、不登校の当事者も親御さんも、ちょっと気が楽になればと思って今回書いてみました。